「あけぼの」への思い #32

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「あけぼの」よ…
1982/初夏 (奥羽本線 天童〜乱川)

まだ幼かった11歳の初夏、同級生のTくんと一緒に、
奥羽本線の線路際で生まれて初めてブルートレインを目にしました。

その列車が20系客車の下り「あけぼの」でした。
あの日、走り去るテールランプを見送ってから、
およそ35年という歳月が流れました…

中学生の頃は、夜更かしする事を覚え、
勉強するフリをして深夜まで起きていると、
遠くから列車の走る音が聞こえてきました。

実家は奥羽本線の線路から東へ直線距離で約500mのところにあり、
冬場は西風にのって、列車を牽引する電気機関車の唸る音と、
客車が鉄路のジョイントを踏む音が、ハッキリと聞こえたのを覚えています。

冬の凍てつく風を切り、走る夜汽車の事を想像しては、
その逞しさに感動し「いつの日か乗って旅をしたい…」と、思い憧れたものです。
また、眠ることなく働く鉄道の気配に触れ、鉄道への思いも強く深まりました。

高校卒業後は写真の勉強をするため、東京の短大に入学しましたが、
実家と東京の行き来には、東北新幹線よりも、
「津軽」などの夜行列車を頻繁に利用していました。

やがてカメラを手に、旅や列車の写真を撮るようになり、
それが職業になりました。

夜行列車を撮るシチュエーションを考えるとき、
夜明けのシーンをまず最初に思い浮かべてしまうのは、
人生で初めて目にした、夜明けを行く「あけぼの」のシーンが、
強く胸に焼き付いているせいでしょう。

「あけぼの」は、少なからず僕の人生に影響を与えてくれた存在の列車であり、
ふるさとへと結んでくれる、心のなかの“より所”でありました。

山形、秋田、青森の「あけぼの」や、かつての「出羽」「鳥海」などの列車が通った沿線では、
きっと僕と同じような思いを持つ人々が、いらっしゃるのではと思います。

今日、上野、青森到着を最後に「あけぼの」が定期運転を終了しました。
長年愛した列車が消えるのは、あまりにも寂しい事であり、何も言葉はありません。
「さようなら」も、「ありがとう」も、今は胸の奥に仕舞っておきます。

*写真は20系という元祖ブルートレインの客車から、
今も(改造などにより)用いられる、24系客車に置き換えられた後の時代の、
夜明けのシーンです。
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