「あけぼの」への思い #28

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山襞を縫う夜汽車の光跡
1985/07/21 (奥羽本線 板谷〜赤岩)

高校は山岳部に所属していました。
もちろん「山に登ってみたい」という純粋な気持ちもあったのですが、
「登山ができれば、山の上から列車の俯瞰撮影ができるかも知れない…」
なんていう、いくぶん不純(笑)な思いも、大きく占めていました。

それで、高校2年の夏、その不純な方の思いを実現させました。

板谷峠を走る「あけぼの」の撮影にチャレンジするという、
ちょっとした冒険です。

1985年7月20日(土曜日)学校が終わった後、山岳部の部室でテントを借り、
食料やシュラフを詰めて、山形から奥羽本線上り普通列車に乗り込みました。
板谷駅で下車し、ひとり線路と対岸の林道をひたすら歩き、
途中、線路の見える適度な空き地にテントを張りました。

日が暮れると、辺りは真っ暗になりました。
寂しさのあまりラジオを付けると、オールスターゲームを中継していて、
その熱気が逆に寂しさを増長させたのを覚えています。

さて、この時代の「あけぼの」は3往復運転されていました。
このうち上り「あけぼの6号」は福島到着が5時ちょっと過ぎ、
板谷通過は4:40くらいの時刻のようです…。

夏至近くなら何とか撮影できそうでした。
実際に庭坂などで撮影された「あけぼの6号」の写真が、
鉄道雑誌に掲載されていて「撮ってみたいな〜」と憧れました。

でも、当時からひねくれ者の僕は、
「山のなかを行く姿を撮影したい」と考え、この撮影を実行したのでした。

夜も更け、日付けが変わり、2時頃には上り下りの夜行列車が、
何本か板谷峠を越えてゆきます。
その様子をバルブ撮影したのが、上の写真です。

実際に写っているのが「あけぼの」か「津軽」かは不明ですが、
今では調べようもありませんので、ご容赦下さい。

夏至から1ヶ月過ぎていましたが、梅雨も開けていたのでしょう。
この時間には星も見え、天気が良いようでした。
「これでひと安心」と寝袋にもぐり込み、仮眠をとります。


翌朝4時過ぎに目を覚ますと、テントの外が明るくなっていました。
さあ、いよいよ本番です。
寝袋から抜け出し、テントを飛び出したところ、
なんと、、眼下の松川の谷間が一面の雲海になっているではありませんか〜!
目の前のアンラッキーな現実に目を疑いましたが、夢ではありませんでした…。
山の天気が変わりやすい事くらい知っていましたが、こんな結果になるとは・・・

この後の事は忘れもしない、、
4:45頃、谷を向いて左手から列車の音が聞こえてきました。
峠を下る電気機関車の抑速ブレーキの独特な唸りが近づき、
続いてブルートレイン客車の軽快なジョイント音が長く続きます…。
その音はあまりに近く、明瞭に耳に届きました。

「あけぼの6号」の姿が雲海に包まれ見えずとも、
列車の走る姿がすぐそこにあると思うと、
涙も出ないほど悔しかったのは言うまでもありません。

この悔しい出来事を忘れられず、リベンジを決行したのは、
これより4年も後になってからでした…
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