八戸線運転再開の日

2012年3月17日、午前5時14分。
まだ暗い、JR久慈駅ホームを、八戸線の上り一番列車が出発しました。

20120317a.jpg

昨年3月11日の震災からおよそ1年ぶりの運転再開の瞬間は、催しなどなく、
余りにも静かなものでした。
それはまるで「あの日」の以前続いていた、日常の風景を見ているようでした。

震災があって、何もない「日常」こそ大切と感じた、、
その日常に戻ることが「復旧」であり、大きな前進なんだ…と、
静かに動き出した1番列車を見送りながら思いました。

そんな静かな、再開第一歩でしたが、
やがて夜が明けると、状況が変わりました…。

20120317b.jpg

↑八戸線の列車に対して、地元の方々がメッセージを掲示し、手を振っていました。
この場所は津波で橋桁が流された大浜川橋梁のある宿戸~陸中八木間。
(修復された橋梁は、画面右下に欄干だけ写っています)
漁師さんたちがドラム缶を利用して並べた「ありがとうJR」の文字。
あちら側にも横断幕を掲げて手を振る姿が…。

20120317d.jpg

↑やはり被害が大きかった有家駅付近にも横断幕を掲げる方々がいらっしゃいました。
「手を振って列車を迎えましょう」と、沿線市町村の放送による呼びかけもあったようです。
さらにお昼頃には「リゾートうみねこ」の到着にあわせ、陸中八木駅や久慈駅で、
運行再開を祝う式典が行われていました。

20120317e.jpg

↑陸中八木駅でも、多くの町民の方々が集まって、列車を迎えていました。
4月1日には三陸鉄道・北リアス線が田野畑まで再開されます。

鉄道の再開は目に見える「前へ進む」出来事で、大きなチカラを与えてくれます。
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No title

熱烈な歓迎ぶりですね。
地元の東北本線が復旧したのは4月中旬でしたが、その前に磐西が再開して燃料輸送が行われるようになった時は本当にうれしかったです。
撮影は1回しか出来ませんでしたが、鉄道ファンとしても、被災者としても本当にうれしかったことを覚えています。
特に地元・福島は原発の影響で物資がまともに運ばれてこなかっただけに不安でした。
営業係数の悪い路線はお荷物かもしれませんが、こういうローカル線の姿と役割を本気で考えて欲しいです。

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